きょうも、夜が更けてきましたね。
きょうは、ちょっと、せつない夜話をひとつ!
これも、母屋の「けいいちろうの独り言」2007.6.21追記1(野生のエルザ)の抜粋です。今日は、前半部分をすこし、カットしております。
裏庭で、今朝のラジオを聴きながら、キュウリちゃん達に水撒きしてたら、今日は、雨が降る確率が高いというニュースを聞いて、思わず、水撒きを途中で止めた愚か者です!
「ジャックと豆の木」じゃないけど、キュウリちゃん、あなたはどこまでそびえるつもりなの?
今度は、ミューが朝の挨拶に訪れました・・・「おはよう!」
近くのツバメの赤ちゃん達も庭のすずめチャン達も巣から自力で飛べるようになりましたね~!
そうです皆さんに注意ですが、
決してツバメちゃん達の巣のそばで、写真など撮らないようにしてくださいね。
じゃないと来年から、その巣に戻ってきませんよ!
そういえば、ミューの子供たちもそろそろ乳離れするのかな~?ちょっと寂しいような気がするけど、野生のエルザのごとくたくましくなっておくれ、あの映画のエルザの子供達のように。
またもや余談となりますが、「野生のエルザ」という映画、1966年アカデミー賞で音楽編曲賞および歌曲賞をとった名作ですが、原作者のジョイ・アダムソンさんとご主人のジョージ・アダムソンさんは、最後は悲惨な結末で、亡くなっておられます・・・
知らない方のために簡単にジョイさんの経歴を記述しましょう!
1910年:オーストリアで出生。出生時の名は、フリーデリーケ・ビクトリア。
(後のジョージさんとの結婚により、ジョイと名前を改名)
1943年:ジョージさん(ケニアの狩猟監視官)と結婚。
1956年:人食いライオンの討伐の途中メスライオンに襲われ、仕方なく殺す。
メスライオンは、ちょうど、子供達をつれてる最中で、子供を守るために彼らを襲ったことに気づくが、すでに時おそし、激しい自責の念で子ライオン3匹を保護。
しかし、3匹では、面倒みきれないと考えて、一番体が小さい子をひとり残し、あとの子たちは動物園へ。その残った子が「エルザ」。以後、エルザはジョイ夫妻の愛情によってすくすくと育つ。一緒にベッドにねたり、海水浴に行ったり・・・
1958年:エルザに発情期が訪れる。
そこで、ジョイ夫妻は、野生に帰すことを決意。
1959年:エルザは、3匹の子供を産む。
1960年:「野生のエルザ」出版。原題は「Burn Free」意味は聖書の聖パウロが「私は生まれながらに自由民です」といった言葉を引用。
その後、ジョイ夫妻とエルザ達の交流があるが、ジョイ夫妻は、決して3匹を野生であることの尊重さゆえ、抱きしめなかった。
1961年:エルザ、病にかかり、1月24日東の空が白み始めるころ、最後の力をふりしぼり、寝ていたテントから外に出て、暁の空へむかって絹を裂くような悲鳴をあげて、前のめりに倒れる。そばにジョージはいたが、ジョイは間に合わなかった。
1964年:「野生のエルザ」映画化。
1966年:第39回アカデミー賞受賞。
1969年:ジョイが車が崖から落ち大怪我を負う。日記もかけなくなる。
その後、トラブル続出・・・
1980年:ジョージは、弟のテレンスから、「ジョイがライオンに殺された」と1月3日告げられる。しかし、実際は、ツルカナ族の若い男に刺され死亡と判明。ジョージはジョイの灰を一部エルザの墓に埋める。ジョイが「エルザがわたしの近くにいて、ここに腰をおろしていると、まるでわたしは天国の入り口に座っているように感じる」と「追憶のエルザ」で記述した場所のすぐ側に・・・
1998年:ジョージも、密猟者に殺される。・・・・
あまりに悲惨な最期ですが、お二人の気持ちは、満足して天国へいかれたと思います。
自由にいきることの大切さと、またその難しさを考えさせられます。
また、脱線してしまいましたが・・・我が家のエルザ達も生き抜いておくれ!でも、たまには、顔だしてね・・・ミューのように!
とりとめもない追記でした!
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